割れたコップと、一拍のあいだ
正しいことを言ったつもりなのに、なぜか空気だけが悪くなる夜がある。
怒るほどのことじゃない。でも、何もしないほど余裕もない。
そんな夜の話です。
ある夜の会話
夜遅く、台所でコップを割る音がした。
「また?」
彼は思わず言った。
その一言で、空気が変わる。
彼女は何も言わない。
ただ、手を止めた。
彼の胸の奥で、何かが跳ねた。
言わなければよかった、と
言い返さなければならない、が同時に来る。
頭では分かっている。
疲れているだけだ。
わざとじゃない。
でも、言葉はもう喉まで来ている。
そのとき、彼女が小さく言った。
「今日は、ちょっと余裕がなくて」
彼は黙った。
一拍、置いた。
割れたコップを拾いながら、
「俺も」とだけ答えた。
それ以上、何も起きなかった。
翌朝
彼は通勤電車で思った。
昨夜、
もしもう一言足していたら、
もし声を強めていたら、
たぶん違う夜になっていた。
守ろうとして、
壊しかけた気がした。
それだけの話
この話に、正解も、教訓も、対策もありません。
ただ、反射しそうになった瞬間と、一拍置いたこと、何も起きなかった結果があっただけです。
気づく人だけが、少しだけ、考えるのをやめられます。
関連:こういう「一拍」を言葉にしてくれた本があります。
理屈を理解するためというより、考えすぎない感覚を思い出すために向いています。

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