理系男子が定量的に説明しても上司に伝わらない理由|分析と文脈の違い

定量的に説明しても上司に伝わらない理由

会社ではよく、

「もっと定量的に考えろ」
「数字で説明しろ」
「データで示せ」

と言われます。

私は昔から、これが少し疑問でした。

なぜ、そんなに「定量的に」と騒ぐのだろう。

理系の人間からすると、定量的に考えることは特別なことではありません。

原因を探す。
条件を分ける。
数値を見る。
再現性を確認する。
データから判断する。

こういうことは、かなり自然にやっています。

むしろ、理系はずっと算数的に考えています。

だから上司から「定量的に説明しろ」と言われると、素直に数字やデータを増やしてしまいます。

グラフを出す。
表を作る。
測定値を並べる。
条件ごとに比較する。

これで分かるはずだと思う。

数字を見れば分かるでしょ。
データを分析すればいいじゃん。

そう思ってしまう。

しかし、これが意外と通じません。

上役は意外と国語派が多い

会社の上役には、意外と国語派の人が多いように感じます。

もちろん、数字が読めないという意味ではありません。

ただ、普段の理解の仕方が、数字や条件分岐よりも、言葉、流れ、空気、責任、納得感に寄っている人が多い。

そういう人にとって、

「定量的に見る」
「データで判断する」
「感覚ではなく数字で考える」

という考え方は、新鮮で洗練されたものに見えるのだと思います。

誰でも、新しく覚えた知識は使いたくなります。

だから上役も、

「もっと定量的に考えろ」

と言いたくなる。

しかし、理系からすると、そこはもう普段からやっている部分です。

こちらはずっと算数的に考えています。

問題は、定量的に考えていないことではありません。

本当の問題は、定量的に考えた結果を、相手が理解できる形に変換できていないことです。

理系は分析で理解し、文系は文脈で理解する

理系と文系の違いを、かなり単純に言うと、私はこう感じています。

理系は分析して理解する。
文系は文脈で理解する。

理系は、物事を分解して考えます。

原因は何か。
条件は何か。
数値はどうか。
再現性はあるか。
どこで分岐するか。
どの要素が効いているか。

こうやって、点を一つずつ確認しながら理解していきます。

一方で、文系的な人は、文脈の中で理解することが多いように感じます。

なぜ今その話をするのか。
これまでの流れはどうか。
誰が困っているのか。
その発言の裏に何があるのか。
この話はどこに向かっているのか。

つまり、理系は分解して構造を見る。
文系は流れの中で意味を見る。

ここに、説明が伝わらない原因があるのだと思います。

理系男子は、分析結果を出せば相手も理解できると思いがちです。

しかし、文脈で理解する人にとっては、分析結果だけを渡されても、意味がつかみにくいことがあります。

「で、何の話なの?」
「なぜ今これが大事なの?」
「結局どう判断すればいいの?」

となってしまう。

だから必要なのは、分析をやめることではありません。

分析した結果を、相手が理解できる文脈に乗せることです。

数字を出しても伝わらない理由

理系男子は、数字を出せば伝わると思いがちです。

でも、上役が見ているのは数字そのものだけではありません。

この数字は何を意味するのか。
なぜ今それが問題なのか。
放置するとどうなるのか。
どの選択肢が一番安全なのか。
誰にどう説明すればよいのか。
この判断で責任を取れるのか。

こういう全体の流れを見ています。

つまり、上役が欲しいのは単なるデータではありません。

判断できるストーリーです。

ここを間違えると、理系男子はさらにデータを増やしてしまいます。

しかし、データが増えるほど、相手は迷うことがあります。

なぜなら、データは材料であって、結論そのものではないからです。

理系男子としては、

「数字を見れば分かるでしょ」

と思っている。

でも、相手からすると、

「で、結局どうしたいの?」

になる。

このすれ違いが起きます。

データ集ではなく判断資料を作る

理系男子が上役に出すレポートは、データ集ではなく、判断資料であるべきです。

いきなり数字を並べるのではなく、まず文脈を作る。

たとえば、こういう順番です。

まず、何が問題なのか。

次に、なぜそれが問題なのか。

そのうえで、数字を見るとどうなっているのか。

そして、選択肢は何があるのか。

最後に、自分はどれを選ぶべきだと思うのか。

この流れがあると、数字が生きます。

逆に、いきなり数字を並べると、上役は読み解く作業をしなければなりません。

それは、上役に分析を丸投げしているのに近いのかもしれません。

データを見る力があることと、データから判断できることは別です。

だから、レポートでは数字を出すだけでなく、数字の意味を説明する必要があります。

算数で考えて、国語で通す

理系男子の強みは、算数的に考えられることです。

これは捨てる必要はありません。

むしろ、大きな武器です。

ただし、会社で物事を通すには、国語が必要です。

数字を出すだけではなく、数字の意味を説明する。

データを見せるだけではなく、そこから何を判断すべきかを示す。

事実を並べるだけではなく、相手が納得できる流れにする。

つまり、

算数で考えて、国語で通す。

これが必要なのだと思います。

理系は分析で理解します。

でも、相手が文脈で理解する人なら、その分析を文脈に乗せなければ伝わりません。

分析は正しい。
数字も正しい。
データもそろっている。

それでも伝わらないことがある。

その理由は、相手にとって必要な文脈が足りないからです。

まとめ

「定量的に説明しろ」と言われると、理系男子は数字やデータを増やしてしまいがちです。

しかし、理系はもともと算数的に考えています。

足りないのは、さらに数字を増やすことではありません。

数字を、相手が理解できる文脈に乗せることです。

理系は分析して理解する。
文系は文脈で理解する。

だから、分析結果だけを出しても、文脈で理解する人には伝わりにくい。

上役が求めているのは、数字そのものではなく、判断できる形です。

数字を読ませるのではなく、数字の意味を伝える。

データを並べるのではなく、判断までの道筋を作る。

理系男子に必要なのは、もっと定量的になることではなく、

定量的に考えた結果を、国語的な文脈で伝える力

なのだと思います。

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